君の十字架
※ヤオイ要素が強くなっているので苦手な方は読むのはご遠慮ください。
No08:空白
「…ニア?」
ダイスタワーを途中で中断し、黒いダイスを一つだけ手にとり、宙を見たままのニアに、リドナーが恐る恐る声をかける。しかし、返事はなかった。
「ジェバンニはニアの指示通りの配置についたわ。私もそろそろ行くけれど、予定に変更はないかしら」
ニアはその問いに対してピクリッと一瞬動き、黒いダイスを静かにダイスタワーの頂上に乗せた後に小さく首をかしげるようにしながら髪の毛をクルクルといじりはじめた。
「はい、予定通りお願いします」
それを聞くとリドナーは足早に部屋を出て行った。レスターだけがニアと同じ部屋に残り、事件に関する資料などをまとめていた。無言の空間、モニターのジー…という音が静かに響く。
側に置いてあったチョコ板のパッケージをはがして中身を取り出した。チョコをひとくち口に入れて、ニアは顔を曇らせた。
「レスター、チョコが柔らかいです。」
「・・・ニア、暖房がついているから仕方がありません」
「パキッとするチョコを持ってきてください」
「冷蔵庫に入っているチョコなら、しかし地面にまた置いて放置してしまうと同じことになると…」
「早く持ってきてくださいレスター」
「分かりました」
レスターは少しだけ呆れながら冷蔵庫に入っているチョコレートを持ってくると、ニアは、もともと持っていた溶けそうになっているチョコを放り投げて、新しいチョコを受け取り、すぐにパッケージをとり食べ始めた。
パキッ
気持ちよく鳴ったその音に満足なのか、ニアは薄ら笑みを浮かべた。
「レスターは好きな人がいるのですか?」
「・・・ ・・・ッ!?・・・ 何故ですか?」
「私は今、とても好きな人がいる事に気づきました。しかしどうすればいいのか、いくら考えても分からないのです」
「なるほど・・・そういう話なら私よりもリドナーの方が良いのでは」
「リドナー?何故?」
「女性の気持ちなら、女性に聞いた方が良いかと」
「私が好きなのは男性です」
「・・・ ・・・ ッ!? ・・・なるほど・・・」
レスターは仕事の手を止めて、うーんと考えた。ニアの好きな男性?一体誰を?
「ニア、好きなのであれば率直にそう伝えるのが一般的かと・・・」
「伝えました、友達でいるようにと促されました。」
「(普通はそうだろうな・・・)」
「私もこういう気持ちは忘れようとしているのですが、何を考えていても彼の事が気になり、現実問題、Lとしての役目を果たせません。彼への想いが思考の邪魔になるのです。どうすれば治るのか分かりません」
「(これはかなり重症だな・・・)その好きな彼が側にいれば、もしかしたら解決するのでは?恐らく彼が今、何処で何をしているのか分からないから余計に気になるはず。必要なら私が交渉しに行きますが・・・」
「そうですか、試してみる価値はありそうですし、何より私も彼の側にいたい。レスター頼めますか?」
「Lの為ですから、・・・その人は誰なのですか?」
「・・・メロです。連れてくるのは困難かと思いますが、レスターの交渉能力を信じます。」
「現在の彼の行方は、ほぼ完璧に把握できてますからすぐにお連れできると思います。すぐに手配して連れてきます。」
そう言うとレスターは、すぐに部屋を出て行った。
「・・・メロ・・・そうか、会いたいのですね、私は。」
ニアはチョコを舐めながら静かに横になった。
それから数時間後、メロとマットは子供達に混じって孤児院で夕飯を食べていた。
子供達はバタバタとせわしなく走り回っている。今日の夕飯が豪華なせいなのか、興奮している様子だった。
「ねぇねぇ!お兄ちゃんは何で顔に傷があるの?」
走り回っている子供の一人が、メロの着ている洋服の端をもち、ひっぱっている。メロは一度チラッと目を子供に向けたが、すぐに顔を歪めた後、無視して食事を続けた。隣に座っているマットが子供の頭をポンポンと軽くたたくようにしてなでるとニカッと笑った。
「食事中に遊ぶのは良くないぞ!ほら自分の席に戻って」
そう言われると子供は何も言わずに自分の席へと戻っていった。マットはメロに目をやって、ヒジで軽くつついた。
「子供には優しくしてやればいいのに」
「面倒なガキは嫌いだ」
メロは静かに食事を続けた、食べ終わると、ロジャーの横を通りすぎて近くの窓から外をながめた。
雪が積もってる、真っ白だ。ポケットからチョコを取り出し、口に運んだ。
「・・・ニアは・・・Lの仕事をしているのか・・・」
ギッと目に力が入り、持っていたチョコをグシャッと握りつぶした。
悔しい・・・何故、ニアなんだ、いつも。今更あがいても、ニアの隣に並ぶ事すらできないだろう。
自分でそれが分かっているから、余計に腹が立つ。さらに、ニアに唇まで持っていかれてるじゃないか・・・マットは論外だ。
マットは子供達に混じって嬉しそうにケーキを選んでいる。その中にあったチョコレートケーキを、ロジャーに手渡され、スキップしながらメロの側に持ってきた。
「ロジャーって気がきくよな~、メロの好きなチョコレートケーキ特注らしい!俺はこっちのフルーツケーキ食べるよ」
そう言って片手にもっていたチョコレートケーキをメロに手渡すと、マットは少し離れた場所に座りモグモグと手でフルーツケーキを食べだした。もう少しまともな食べ方が出来ないのかと呆れながら、受け取ったチョコレートケーキを小さなフォークで小さくきって食べる・・・うん、美味しい。リキュールが染みこませてあるケーキは好きだ、ロジャー本当に気が利くな。
ニアは今頃、何をしている?世界名探偵のLになり、難事件を解いているのだろうか?ニア・・・。
雪が降っている窓の外を眺め考え事をしていると、あっという間に1時間以上が過ぎた。周りの声が何故か遠い。少し頭が重くなってきている、疲れているのだろうか。
「メロ」
何処かで聞いた事のある声に、名前を呼ばれる。その声のする方を振り返るとレスターが立っていた。なぜここにいる?
静かに近くに近寄って来る、相変わらず図体のでかい男だ。ゆっくりとレスターの方を振り返り、メロはレスターを馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。
「お前・・・何故ここにいる?」
「ニアに頼まれて来た、一緒に来てもらいたい」
その言葉に一気に顔つきが険しくなる。ニアだと?
「・・・ニアに?・・・断る」
「申し訳ないが、力ずくでも来てもらう」
一歩、また一歩と近づいてくるレスターに、メロは目を細くしながら体を後ろにひいた。
「あぁ・・・そうかよ」
「手荒な事はしたくない」
目でマットを探すが、見当たらない。あいつ何処に行きやがった・・・そういえばいつの間にか子供達もいない、ロジャーもだ。・・・まさか、はめられたか?
「ロジャーには先に話をしてある。子供達は別の寮に一度移ってもらった。ちなみに君の連れの男も子供達と一緒に別の寮にいるはずだ。嬉しそうにケーキをもってついていっただけだから、安心していい」
「・・・とりあえず、用件を聞かせろ。これでは話にならない」
「ニアが君を必要としている。」
「悪いがニアに協力するつもりはない」
「君が側にいてくれるだけでいい、とりあえずニアの気がすむまででいい、頼む」
「・・・おい、俺を監禁する気か?奴の玩具になれというのか?・・・死んだほうがマシだ。」
「もちろん必要なものは可能な限り手配する、不自由もさせない」
「(・・・くそ!なかなかスキを見せないな・・・どうするか・・・)」
「逃げ場を探しているようだが、逃げることは不可能だ。」
レスターを睨んでいた目に徐々に力が入らなくなってくる、視界がグラッと歪み、体全体の力が抜けていく。近くの壁にもたれかかり、ズルッと地面にしゃがみこんだ。
「・・・ロジャーの野郎・・・何が特注だ・・・」
ああ、しまった完璧に油断していた。効き目が早すぎることや入手しやすさを考えるとトリアゾラムがケーキに入っていたのだろう。超短期作用型ベンゾジアゼピン系睡眠薬だ。ついでにアルコールとの併用で作用が高まる。リキュールたっぷりのケーキに、入れやがるかよ・・・いや分かっていて入れたか…。
まさか、こんなところで意識を失うわけには・・・これではニアの思う壺だ。自分の指をギッと噛み、意識を保とうとするが、ここまできてしまうと悪あがきにすぎない。
レスターがゆっくり近づいて来るのが分かる・・・くそ…もうダメか…噛み切った手肌から血が流れる。ついにその手にも力が入らなくなりダランッと地面に落ちる。ゆっくりとまぶたが落ちて、その場にそのま横倒れになった。
静かに寝息を立てているメロに、ゆっくりとレスターが近づこうとした、その時だった。カチャリッと音が聞こえ、レスターの頭に銃口が押し付けられた。
「…なるほど君がマットか」
「連れてい行かれちゃ困るんだよね。そのまま窓際に寄れ」
そう言いながらフーッと煙草の煙をはいた。レスターは両手をあげて後ろを向いたまま、立っている。煙草をくわえながら少しイライラしていると、後ろからマットの頭に銃口をあてられたのが分かった。一瞬ギクリッとして、ゆっくりと後ろを見ると長髪の金髪の女性が立っている。リドナーだ。
「あれれ、まいったな、こんな美女に銃を向けられるなんてね」
「メロが必要なの、分かって」
「…俺にだってメロが必要なんだよ」
「ごめんなさいね、マット。でもメロもニアを必要としているはず。マット、貴方はメロに必要とされているのかしら?」
「…え?」
その言葉に放心状態になりながら、両足手首を手錠で繋がれ、身動きがとれなくなった。銃も回収され、残されたのは口にくわえていた煙草だけ。レスターがメロを抱え、部屋から出て行く。それを何も出来ずに、マットは見送る事しかできなかった、何もできずに。
「…だ… …メロ…ッ」
小刻みに震え、歯を食いしばりながら、外れる事のない手錠に力をこめ、何度も地面に打ちつけ、手首が血だらけになってしまった。しばらくするとロジャーがマットの元にかけつけ、その手錠を外して手当てをした。
「マット、メロならきっとすぐに戻ってくるから安心しなさい」
「… …あの日も同じ事言ってたよねロジャー」
「?」
メロが、孤児院を出て行った日…。
朝起きたらメロがいなかった、一日中探した、ずっと孤児院の中を探した。どこにもいなかった。
「そんで泣きじゃくる俺に、ロジャーは同じこといった。だから、メロは帰ってこない。」
「マット…。」
分かってる。別に俺はメロに必要となんかされてないんだ。ニアの事ばかり、いつも考えてるのも知ってる。
だから嫌なんだ。
せめて、側にいたかった。
メロ。